私の死生観

IMG_5337_R少なくとも 私は語りたい。

聴いてくれる人に向けて 語りたい。

上っ面なら、そうでないなら 話さない。語らない。

 

そもそも、自分のこと語りたいひとって、ときって、

何が起きてるのか。

ただそこに居て聴いてくれるということ。のありがたさ。

でも思う。案外ひとは誰にも話さず、語らず一生を終えるのかもしれない。

そんなひと多いのかもしれない。

私だけ語りたいとは我儘なのか。

話さなければ繋がらない。なにに?

自分が。自分に。

ここまではわかっている。

さぁ。次の扉を開けます。

今回 前期終了過程における’宗教学’の課題レポートで死生観・宗教観・事例・芸術作品などから2500字以上のレポートを書く機会をいただいた。

担当の先生でいらっしゃる鎌田東二先生の最近の著書を再読し

語ることのたいせつさをあらためて教えてもらいました。

私は死生観について書きたいと思います。

死に直面したとき ひとはどのように受け止めるのか。

死はいつから始まっているのか。

死から見た生を私の経験から書いてみようと思います。

死生観に行きつくには2500字は足らないような気がしています。

扉の向こうは 案外 心地よいものです。

 

 

 

 

 

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